個人事業と法人で同じ事業を、ただ二つに分けて行う形は、税金の面で「法人は名前だけ」と見られやすく、おすすめできません。分けるなら、取引ごとに契約・請求先・実際の仕事が個人と法人のどちらのものかを説明できることが条件で、基本は性質の異なる事業を分けて持つ形です。ご自身の事業で線が引けるかは、このあとの「何を基準に線を引くか」と「税務署はどんな記録で実態を確かめるか」で確かめてください。
線の引き方は事業の中身で変わるため、個別の答えまではこの記事では出せません。仕組みそのものは「マイクロ法人とは?個人事業主が法人を併用するメリットと注意点」で解説しています。
同じ事業を個人と法人に分けると、なぜ否認されやすいのですか?
個人も法人も、動いているのは同じご本人です。同じ仕事なら、売上をどちらに入れるかを本人の都合で決められるため、税金や保険料が安くなるほうへ移しているように見えやすいのです。
税金の面:名義ではなく「だれが事業を営んでいるか」
税金は、名義ではなく実際に収益を得ている者にかけるのが原則です(実質所得者課税の原則。所得税法12条・法人税法11条)。国税庁の通達では、事業の収益がだれのものかは、その事業を経営していると認められる者がだれかで判定するとされています。契約の名前だけが法人で、実際は個人の事業として回っていれば、法人の売上が個人の所得として計算し直される場合があります。自分の会社(同族会社)の行為や計算で個人の所得税が不当に減ると認められるときに、所得を計算し直せる規定もあります(所得税法157条)。
社会保険の面:2026年の厚生労働省の通知
2026年3月18日、厚生労働省は、社会保険料の削減をうたい、個人事業主を法人の役員にして報酬を上回る会費などを払わせる事業所があることを受けて、役員が健康保険・厚生年金に入れるかどうかの取扱いを示す通知を出しました(9月14日に一部改正)。物差しは、①業務が経営に参画する経常的な労務の提供か、②報酬が業務の対価として経常的に支払われているか、を実態で総合的に判断するというものです。
9月14日には、個人事業主などをごく短い勤務時間の従業員として雇う形についての通知も出て、個人事業の活動を形式的にそのまま事業所の業務としているだけの場合は、経常的な労務の提供と認められない例とされました。いずれも背景は会費などを払わせる仕組みで、自分で作った法人を狙ったものではありません。ただ、①②の物差しは役員一般に向けたものです(詳しくは「マイクロ法人とは?」)。また、9月14日の通知は従業員についてのものですが、個人事業の活動を形だけ移しても経常的な労務の提供とは認められにくい、という考え方は、同じ事業を分けるときにも意識しておくほうが安全です。すでにマイクロ法人をお持ちの方が通知を受けて確かめておきたい点は、「マイクロ法人スキームは終了?2026年の通知を原文で確かめる」でまとめています。
分けるなら、何を基準に線を引けばいいのですか?
当事務所が線を引くときに見ているのは、取引ごとの次の3点です。
- 契約:その仕事の契約を、個人(屋号)と法人のどちらの名前で結んでいるか。契約書がない取引も、発注書やメールでどちらが受けたかを残します。
- 請求先と入金:請求書をどちらの名前で出し、どちらの口座に入金されるか。売上はそれぞれの口座に入れ、混ぜないことが前提です(「会社のお金と個人のお金の分け方」)。
- 実態:その仕事をだれが、どの設備で、どちらの費用で行い、うまくいかなかったときの責任をどちらが負うか。
迷いやすいのは「業種が同じなら無理なのか」という点です。業種が同じでも、取引先・契約・お金の流れ・人や設備まで分かれ、別の事業として説明できるなら、分けて考えられる場合があります。反対に、業種の名前を変えても、実際は個人の仕事の売上を法人に付け替えているだけなら、別の事業とは言えません。決め手は業種の名前ではなく、取引ごとの実態です。
ただ、同じ業種のまま線を引き続けるのは手間も説明の負担も大きいため、当事務所では性質の異なる事業を法人に持たせる形を基本にご提案しています。たとえば、人が動いて提供するサービスを個人で続け、物の販売やオンラインで完結する仕組みのように、取引先も請求の形も違う事業を法人に持たせる形です。取引先と契約が初めから分かれるため、線を引き続ける負担が軽くなります。
税務署は、どんな記録で実態を確かめるのですか?
見られるのは、名義よりも上の3点を裏づける記録です。表は当事務所が設計の段階で点検している項目で、税務調査で実態を説明する材料にもなります。
| 確かめる記録 | 分かれている状態 | 同じ事業と見られやすい状態 |
|---|---|---|
| 帳簿 | 個人と法人で売上と経費を別々に記録し、両方にまたがる費用は根拠のある割合で分けている | 個人と法人の経費が混ざり、どちらの費用か説明できない/どちらの売上かを後から決めている |
| 契約書・請求書 | 取引ごとに、契約・請求・入金の名義がそろっている | 契約は個人なのに請求は法人、のように名義がばらばら |
| 人の動き | だれが、どちらの仕事に、どれくらい時間を使っているかを説明できる | 法人の仕事を担っている人が見当たらない/個人の仕事と区別がつかない |
| 設備・場所 | 事務所・車・パソコンなどの費用をどちらが負担し、どう使い分けるかを決めている | 個人の設備をそのまま使い、法人は費用を負担していない |
| リスクの所在 | 仕入れや在庫、クレーム・損害の責任が、契約どおりの側にある | 法人の名前で受けた仕事の責任を、実際には個人が負っている |
線が引けないときは、どんな選択肢がありますか?
- 法人には別の事業を持たせる:今の事業は個人に残し、新しく始める事業を最初から法人の名前で契約し、法人の口座と費用で回します。途中から移すより線がはっきりします。
- 順番を変える:法人を先に作るのではなく、法人に持たせる事業と取引先の見込みを固めてから作ります。事業全体を法人に移す「法人成り」と先に比べるのも一つの順番です(「法人成りと社会保険料の本当のところ」)。
- 法人化そのものを見送る:法人は利益が出ない年でも決算・申告の手間と費用がかかり、分けられる事業がないまま作ると、その負担だけが残ることがあります。個人のまま続けるのも、十分に意味のある判断です。
迷ったら、作る前に何を試算すればいいのですか?
法人を作ると、役員報酬は原則として事業年度の開始から3か月以内に額を決め、その後は毎月同じ額で支払わないと、損金にならない部分が出ます(「役員報酬の決め方」)。設立後に考えると間に合わないことがあるため、次の順で先に整理しておくことをおすすめします。
- 今の仕事を取引ごとに書き出し、契約・請求・入金・作業する人・設備がどちらに属するかを並べる
- 法人の名前で契約できる、性質の異なる事業があるかを確かめる
- 役員報酬の額を仮に置き、税金と社会保険料を合わせた手取りを、法人の維持費も差し引いて「個人のまま」と比べる
- 役員報酬を決める期限に間に合うよう、設立の時期を決める
当事務所でも、個人と法人それぞれに実態のある事業を持つ形を設計して取引の幅を広げ、年間の手取りが約60万円改善した例があります(※効果は事業内容・所得・家族構成などにより異なり、法人の設立・維持費用も考慮した事例です)。
BLOOMでは、法人をつくる前の試算と事業の分け方の整理から、設立後に個人と法人それぞれの実態が保たれているかを毎期見直す顧問まで、続けてお引き受けしています。オンラインで全国からご相談いただけます。
※本記事は2026年10月時点の法令・通知に基づく一般的な説明です。社会保険の資格は日本年金機構などが個別の実態をもとに判断します。実行前に個別のご確認をおすすめします。
よくあるご質問
Q.個人事業と自分の法人のあいだで、仕事を頼んだり物を売り買いしたりしてもよいですか?
取引そのものはできます。ただ、自分の会社との取引は値段を自分で決められるため、ほかの取引先と比べて不自然な値段だと、所得を移していると見られるおそれがあります。契約書や請求書を作り、値段の根拠(原価や、ほかの取引先との値段など)を残しておくことをおすすめします。
Q.家族を法人の代表にして、自分は個人事業を続ける形なら問題ありませんか?
ご家族が実際に法人の経営や業務を担っているなら、役員として報酬を受け取る形は考えられます。一方、代表の名前だけをご家族にして、実際の経営や仕事をご本人が行っている場合は、だれが事業を経営しているかという実態で判断されます。社会保険でも、役員の業務が経営への参画といえるかが実態で見られます。
Q.すでに個人と法人で同じ仕事をしています。今からできることはありますか?
まず、取引ごとに契約・請求・入金がどちらの名前になっているかを書き出してください。名義がばらばらな取引は、今後どちらで受けるかを決めて、契約や請求先をそろえます。これまでの分をどう扱うかは、帳簿や契約の状況によって変わりますので、決算や申告の前に一度ご相談ください。